2014年7月23日水曜日

書評、横井軍平ゲーム館


横井軍平ゲーム館 RETURNS ゲームボーイを生んだ発想力 

横井軍平は、花札の任天堂をゲームの任天堂へと変えた立役者であり、ゲーム&ウォッチ、ゲームボーイ、ヴァーチャルボーイなど、彼が世に出した商品の名前を聞けばピンと来る人も多い だろう。本書は横井軍平と牧野武文の対談という形で横井軍平の設計思想が語られる。 僕らの世代からすると、なんだゲームボーイを作ったくらいで、そんな大きな顔をされても困る。などと感じる人も居るかもしれないがファミリーコンピュータ以降のカラーのゲームと比べたときに浮かび上がってくるその発想の方向性の違いは目を見張るものがある。 

本書の中でも特に目を引くのは、氏が入社後、ゲームハードの開発以前に行っていた、単純な機構を用いたインタラクティブなおもちゃ群である。高性能なマジックハンドや、エレコンガ という電子楽器、左折しかできないが安価なラジコン、それを応用したルンバのような卓上掃除機、太陽電池をセンサーとして用いた光線銃など、氏のアイディアは枚挙に遑がない。 

これらの中でも最も私が興味深いと思ったのは、ラブテスターという検流計を用いた二人の愛 情をはかる機械、というふれこみで売られたおもちゃである。これを横井氏は堂々と「公然と女の子の手を握るための道具」と言ってのけている。構造としては検流計によって人間に流れ ている電気を測定し、手を握ったときの接触具合や、緊張感による発汗量の違いで流れる電流 の変化を可視化する、言うなればほぼ嘘発見機と同じ構造のものである。それ自体では何の意 味も持たない検流計を「女の子と手をつなぐ」という環境を演出する道具としてリ・デザインした考え方は、昨今のメディアアートに置ける発想の転換と大変近しいものを感じる。 

「ゲームで遊ぶ人はマニュアルなんか読まない」「四万円も五万円もするものが、娯楽品として 売れる訳はない、一万円を切ったら売れるかもしれない」などの受け手の心理への考えや、「人間は色を概念としてみる」「キャラクターはハウツープレイの役割を担っている」と言った認知科学やアフォーダンスへの言及、また、ラジコンは左折さえできればレースはできる、といった発想の転換など、数々の見識とアイディアがひしめいているのが本書である。 

「枯れた技術の平行思想」これが横井氏の設計哲学である。 これは枯れた、つまり、使い古されて安くなった技術を、主観的な目線で垂直に見るのでなく、客観的、ある種メタ的な目線で水平に見渡してアイディアを発想する、ということである。 これらの思想に触れることは、もの作り、とくに工業ベースでないメディアアート作品を理解 する上で大いに役に立つと思い、本書をみなさんにおすすめしてこの書評を締めることとする。