2016年10月29日土曜日

流れよ我が涙、と長門有希は言った

長門は情報統合思念体から派遣された対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスであるらしい。ということは落ち着いて考えると長門は宇宙人というよりはアンドロイドと形容する方が適切であるし、情報統合思念体とやらも宇宙人というよりは宇宙に存在する知性と呼ぶべきで、人と形容するのはいささか不適切なように思う。
ところで、宇宙人はなにを食べるのか、ということが気になって、ハルヒの机の上のパソコンで検索してみたのだが、どうやらインターネット上ではレプリディアンという知性のあるトカゲが人気の様で、その爬虫人類の記事ばかりがヒットする。どうやら人の血を好むようであるが、そうなってくると人型の長門は見た目的にどちらかといえば吸血鬼になってしまうので、やはりあまりよろしくない。属性というのはたくさん持っていればそれで良い。というものではないのだ。例えば朝比奈さんのドジっ子という属性は確実に未来人という属性を殺している。未来がわかるため先見の明があり、判断力が高い、という特性と、ドジっ子の、わかっていても失敗してしまう、という属性は非常に相性が悪いのだ。属性とはちょっと違うが、ハルヒに至っては『願望実現能力』という厄介な能力を持っているが故に、主人公なのに(課長島耕作も島耕作が主人公だし、パーマンもパーマンが主人公だし、ハリーポッターと賢者の石もハリーポッターが主人公なので、涼宮ハルヒの憂鬱だって涼宮ハルヒが主人公だろう)基本的にハブられて出番がないというなんとも言えない立場になってしまっている。逆に長門はかなり複雑な属性を内包しているくせに、それを割とうまいこと消化できている。まず宇宙人という属性、これは実は長門に至っては限定的に用いられていて、長門が宇宙人として持っている特徴は高度に発達した科学力によるトンデモ宇宙人パワーに限定される。情報統合思念体という一種の科学文明は情報というものの成り立ち、捉え方のパラダイムシフトを経ている様に思う。長門たちは、現実に存在する物質(生命含む)の情報の成り立ちそのものを書き換えることによって物質のありようそのものを書き換えているのではなかろうか。これはつまり俺たちがペンで紙に干渉する、という様な感覚に近い。人間は3次元から2次元に高度に介入することができる。例えば、一本の直線に二本直線を足せばそこには三角形が生まれることになる。この時、2次元空間は今までそこになかった三角形という情報を得たことになる。つまり長門たちはこれと同じことを4ないしそれよりも高い次元から、3次元空間に対して行なっているのではないか、という推測である。ホーキング博士も高次元存在は低次元からは知覚不可能であるという様なことを言っていた様な気がするが、つまり長門たちは宇宙人というよりは高次元に存在する知性と言う方が正しいのだろう。そう考えると情報統合思念体は厳密に3次元的に宇宙に存在しているとは言いにくいわけで、やはり長門たちは、厳密に言えば既存の宇宙人というステロタイプに当てはまらないのだ。まあ少し脱線したが、長門はグレイ型宇宙人でもなければ、マーズアタックの火星人の様に脳みそが露出しているわけでもない。何より長門は対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス、つまり人間とコミュニケーションを取るために宇宙人が作った電話の子機である、という様に捉える方が正しいのだろう。というか、情報統合思念体が直接的に俺たちに干渉してこないのも、やはりあいつらが直接的に3次元空間と対話ができないから、という証明にしかならないだろう。というわけで長門の属性には、客観的に見ると宇宙人という要素はほとんど含まれていない。どちらかというとアンドロイドという方が良いだろう。さて、アンドロイドというものに付随する属性は何か、それは無知、非常識、そしてそれでありながらも高度な理解力、あるいは判断力を備えている、という三点だ。アンドロイドというものはキリスト教的な姦淫、つまり男女の生殖行為によって生まれない無垢な存在である。それをさらに長門が人間として生まれたのが3年前である、という点が補強をかけている。つまり長門の愛らしさがどこから来るのかというと、それは長門がめちゃくちゃ頭が良くて理解力がある3歳児である、という所の負うところが大きい。そりゃ誰だって3歳児は可愛いと思う。しかも長門はとても物分りが良い3歳児なのだ。3歳児ゆえに非常識なところもあるし、無知とも取れるところもある。しかし、長門はアンドロイドであるが故の高度な処理能力で、理解し学習していくのだ。そしてそれをさらに長門の持つ外見上の属性、クールが補強することになる。
長門は無口で表情に欠けるがゆえに、はたから見ればクールなキャラに見えるのだが、時折見せる子供っぽい負けず嫌いな点や、食欲などの欲求に忠実な点などの、クールな外見からは想像できない行動をとることがある。
それがギャップを生むのだ。そしてこのギャップが長門の愛らしさを表現する上で、最も重要なものだろう。更に朝倉という外付けのバランサーが付いている。長門の非常識さをフォローして余りある委員長属性。何より穏健派と急進派の対立という物語的に重要なターニングポイントを、宇宙人陣営だけで作り出せた点は、非の打ち所がない。俺はぶっちゃけ、長門と朝倉の間で談合があったのではないかと疑っているくらいである。対して朝比奈さんに対する鶴屋さんも実はかなりバランスがいいコンビなのだが、朝比奈さんは鶴屋さんに自分のメイン属性である未来人を開示できないというルール上の不備があるため、鶴屋さんは所有するスペックの数割も発揮できていないというのが実際のところだろう。未来人と財界の重鎮の娘、つまり未来を知っている人間と現代の現実的な部分に強力なコネクションを持つ現代人というこの組み合わせは、非常に現実的な意味で、強いのだ。未来人という属性に関しては、実に様々な不備がある。まず未来を変えることができない。何かの弾みで自分が消えてしまう、ということは十分起こりうることだからだ。朝比奈さんの所属する組織は、まあ大雑把に考えてタイムパトロールに近い倫理観を持っているのだと思う。いや、ハルヒという特異点が存在するとはいえ、干渉してきたということは、時にギガゾンビの様に考える柔軟性もあるのかもしれないが、ハルヒという不確定性が存在してしまっている世界で自分たちの世界へつながる規定事項を如何にしてこなすか、という事に終始している様にも見える。勿論、東中の校庭での落書き事件や、タイムマシンの発明に関してハルヒをうまく利用したりというハルヒありきの規定事項が複数あるので、その辺も結構怪しいものだが。そういえば、未来人陣営には、もう一つ大きな欠陥がある。覚えているだろうか、俺がハルヒの中学時代へ行き、校庭の落書きの手伝いをした帰りに、長門を頼ったのであるが、その時長門は、時間移動は長門という端末には不可能だが、そんなに難しいことではない、と言い切っているのだ。つまり情報統合思念体本体は、おそらく時間平面移動が可能なのである(時間的な制約を3次元的に受けない情報統合思念体は、そもそも時間平面移動をする必要がないだけという可能性すらある)。そしてさらにだめ押しとなるのがハルヒの『願望実現能力』だ。エンドレスに続いた8月のことを思い出してもらえると助かるのだが、ハルヒも効果範囲、干渉する対象は朝比奈さんと異なるが、時間移動(タイムリープ)ができるということを証明してしまったのである。ということは、落ち着いて考えてみてほしい。物語的に、大規模な時間移動は長門ないしハルヒによって可能なのであるから、朝比奈さんは目下ハルヒにバラせない状況下で必要な時に時間移動をする、という、物語的な便利屋以上の役割を果たせないのだ。これが俺の提唱する未来人-超能力者=宇宙人の下位互換仮説である。超能力者の話題が出たので、古泉にも触れておこう。超能力者、イケメン、秘密のヒーロー戦隊、奴の持っている属性は、特段アンバランスさも感じないし非常に調和がとれている様に思う。しかし、SOS団という団体の中で考えたらどうだろうか。砂漠のカマドウマの件で実感したのだが、やはり古泉は日常において長門の下位互換に甘んじている。閉鎖空間に入れるのは古泉たち超能力者だけ、という代替の効かない部分もあるが、あの、ハルヒと俺が閉鎖空間に閉じ込められた事件、一巻の最後の方だ、を思い出してほしい。朝比奈さんは閉鎖空間に対して全く干渉できなかったのだが、長門はパソコンという接点は必要だったにせよ、少なくとも閉鎖空間に干渉することはできていたのだ。チャットで送信できる情報量はそれこそ一文字2バイトであるが、こちらから発信される情報を待機している時間やその他諸々を考えれば、それなりの通信量を確保できていた様に思う。つまり、干渉できる時間の問題さえ解決できれば、あの空間に長門有希そのものを送り込むことすら可能だったのではなかろうか。というより、古泉が単独では入り込めなかった時空間に対して、閉じるまでは普通に通信できる、とさえ言っていたのだ。超能力者の面目丸つぶれである。という訳で、長門が最強、と言うことで皆異論はないな…?
俺がそう言うと、ハルヒは何のことだかさっぱりわからないという顔をし、長門は力強く頷き、朝比奈さんは涙目で俺を見つめ、古泉は肩をすくめて小さく笑うのだった。
しかし結論に納得がいかなかった宇宙最強の怪獣ゼットンは一兆度の火球を吐き出して、宇宙そのものを消し去ってしまったのだった。これにはハルヒも、大変驚いたようだった。

「流れよ我が涙、と長門有希は言った」完

2016年10月25日火曜日

百億の昼と千億の長門有希

カニというのは、どちらかというとクモに近い生き物らしい。そしてカニより人間に近い生き物とは何か、と言われたら、なんであるか。そう、それはホヤである。ホヤの幼生が繁殖の範囲を広げるために魚のような形質を取ったところから、俺たちの祖先である魚が生まれそれが脊椎動物の始まりである、というのは割と有力な説のようである。俺たち人間の祖先として有名なのは猿であるが、つまり、ホヤにタイプライターを打たせても、いずれはシェイクスピアのハムレットと全く同じ文章ができるのではないだろうかという理解でおおよそ間違っていないだろう。俺はこれを『無限のホヤの定理』と名付けようと思う。
ところでハルヒがショッカーの海底地震作戦を推進する怪人カニバブラーになって随分経つが、あいつは今日も変わることなくパソコンで不思議なことはないかと2チャンネルを徘徊している。
「カニが食べたい」と長門が言ったので、今日はSOS団の部室でカニ鍋をやることになった。カニ以外の具材は各人の持ち込みで俺は無難に白菜と豚肉、古泉は機関の金で高級松坂牛と松茸を、朝比奈さんは食料難の未来ではなかなか食品が入手できなかったらしく、砂のような味がする大きなヒトデを、そして長門はレトルトカレーと知性のあるトカゲを用意した。鍋奉行を請け負った朝比奈さんは知性のあるトカゲの鱗を綺麗に剥がしてゆき、首筋に包丁を入れて血抜きを始めるのだった。俺たちはコタツと鍋用のコンロなどを用意して、着々と準備を進めた。朝比奈さんの鍋奉行を実に的確であったが、奉行ゆえに来年の参勤交代では江戸へ出向かなければならないらしく、皆はやがて訪れるであろう短い別れの時を想像して、少し寂しい気持ちになったのだった。
バルタン星人は「さよならだけが人生ならば」で始まる詩を諳んじて、俺たちを元気付けているようだった。俺たちは思い思い、SOS団の思い出を話していくのだった。
俺たちの思い出話を聴きながらバルタン星人は頷いているばかりだった。
「人生とは別れの連続なのだ、悲しいこともあるし、寂しいこともある、しかし人間は、また出会うことができる、そして、また新しい出会いが進むべき道の先にはまっているのだ」
遠い昔に故郷と同胞を失ってしまったバルタン星人は胸の中に抱える大きな孤独と向き合って、そう言うのだった。

さよならだけが人生ならば         
また来る春は何だろう 
はるかなはるかな地の果てに 
咲いている野の百合何だろう
さよならだけが人生ならば
めぐりあう日は何だろう
やさしいやさしい夕焼と
ふたりの愛は何だろう
さよならだけが人生ならば
建てたわが家は何だろう
さみしいさみしい平原に
ともす灯りは何だろう
さよならだけが人生ならば
人生なんていりません
-寺山修司『さよならだけが人生ならば』

-「百億の昼と千億の長門有希」完

長門有希の憂鬱

サンタクロースをいつまで信じていたかと言うと断じて信じていなかった。
そして後ろの席には涼宮ハルヒがいた。
涼宮は自己紹介で「宇宙人、未来人、超能力者、異世界人がいたら私のところに来なさい」と「以上」と言った。
そして俺は涼宮に部活を作ると聞かされて、文芸部室に連れていかれた。
そこには銀色の宇宙服に包まれた、まるで2001年宇宙の旅のワンシーンのような格好をした長門有希という少女がいた。少女は「長門有希」と自己紹介すると「$÷°¥7々5÷°☆→々>…〜€」と言ったが、俺にはさっぱりわからなかった。
ハルヒは部活の名前を「SOS団」にすると言ったのだった。
活動目的は宇宙人、未来人、超能力者、異世界人を探し出し、仲良く遊ぶことだという。
翌日ハルヒは朝比奈みくるというスカートのポケットをはみ出させ、自動乾燥装置付きのジャケットを羽織り、見たことのないモデルのナイキのシューズを履いた朝比奈みくるという女性を連れて来た。こんな部活に入らなくても良い、という旨伝えると、彼女は「こうなることはわかってましたから」と言い「それに長門さんもいますし」と言った。
ビラを配りに行くと、ハルヒがバニーガールの格好で言って、朝比奈さんもバニーガールの格好をさせられた。涼宮たちが校門でビラ配りをしている様子を窓から眺めていると、ドアからもう1人朝比奈さんが入ってきた。
「すいません、バニーの耳を忘れてしまったので、五分前の過去に戻って取りに来ました」と聞いてもいないのに説明すると「あ、これは禁則事項だった」と舌を出して自分のうっかりをごまかすようなそぶりを見せた。「タイムパラドックスが起きちゃうので、もういきますね」と言うと、朝比奈さんは廊下に停めてあったデロリアンという自動車に乗り込み、時速88マイルまで加速して炎の轍を残してきえてしまったのだった。
しばらくすると転校生がやって来た。無論涼宮はその転校生を捕まえて、部室に連れて来た。転校生は「んっふ」と笑うと、ポケットからハトを出し、スプーンを五本一度に曲げて見せ、トリックもないのにハルヒを浮かせて見せたのだった。「サイコキネシスというやつですよ」と奴は言った。
長門はよく本を読んでいるので、なんとなく気になって本を覗き込んでみると、その本は見たこともないような物質でできた代物で、書いてある文字は全く俺には理解できないものだった。
「その本、面白いのか?」
と聞くと、面白いと答えた。随分本を読んでいるようなのでオススメを聞いたら、表紙のカバーに『パニクるな』と大きく書かれた銀河ヒッチハイク・ガイドという本を借りることになった。
「ところでなんでいつも宇宙服を着てるんだ?」と聞くと
「地球の大気構成は我々の母星のそれと大きく異なるため、この宇宙服を脱ぐことができない」
と答えた。長門は俺に向かって人差し指を突き出したので、なんとなくその人差し指に自分の指を向けると、そこに青い光がほとばしり、俺は宇宙の記憶を見ることになった。
それからいく日か経ったが、ふと随分と長いこと、長門から借りた本を読んでいなかったことに気づいたので、寝しなに読んでみるか、と思い立ち銀河ヒッチハイク・ガイドの表紙をめくった。中身はちょっとした電子計算機のような装いで、随分操作に手間取ったのだが、どうにか俺は、宇宙のヒッチハイカーにとってタオルを持っていることがとても重要であること、そして地球が『ほとんど無害』であることを学んだのだった。寝転がりながら銀河ヒッチハイク・ガイドを読んでいると一枚の栞が俺の顔の上に落ちてきた。
『午後8時に光陽園駅前公園にて待つ』と書かれたそれを見て、俺は急いで自転車を駆って、公園へ向かうのだった。
俺が息を切らせて公園へたどり着くと、そこにはこの辺りの空一帯を覆い尽くすような空飛ぶ円盤が浮かんでおり、その真下のベンチに長門が座って待っていた。
「ひょっとして、毎日待ってたとか」
俺が尋ねると長門は肯定した。
どうやら最近新聞やテレビのニュースを空飛ぶ円盤の話題が埋め尽くし、先週の日曜に特番で潰れたアニメ番組を見ることのできなかった妹が「プリキュアがやってない」と俺に八つ当たりのボディプレスを仕掛けてきたのも長門が原因のようだった。
長門は自分のUFOに俺を招き入れると、俺を拘束して手術台に乗せ、脳に特殊な金属性のチップを埋め込むことで自分が『情報統合思念体』と呼ばれる宇宙に存在する知性の、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスであること、そしてハルヒが願望実現能力というとんでもない力を持っているということを知ったのだった。長門は最後に念押しするかのように「信じて」と言ったのだが、長門が宇宙人であることは、チップを埋め込まれる前から分かりきったことであった。
ハルヒが不思議探索に行くというので、俺たちは駅前に集まることとなった。うっかり遅刻した俺は、ハルヒの「遅れたら死刑だからね!」と言う言葉通りに最高裁判所で死罪を言い渡され、東京拘置所に連行されるところだったのだが、ハルヒが「ファミレスで奢れば許す」と言ったので無罪放免となった。俺たちはくじ引きでチーム分けをし、ハルヒと長門、俺と朝比奈さんというチーム分けが決まった。ハルヒの「マジデートじゃないのよ、遊んでたら殺すからね」の言葉と同時に俺は死んでしまい、ハルヒが「あっ、やっちゃったわ!」と言うと俺は生き返ったのだった。
朝比奈さんはホバーボードという、原理はわからないが空に浮くスケートボードのようなもので俺の横をふわふわと移動していたのだが、話があるというのでベンチに座って朝比奈さんの話を聞くことになった。
朝比奈さんは
「信じてもらえないかもしれませんが、私はこの時代の人間じゃありません。もっと未来から来ました」
と言ったので
「なんとなくそんな気はしてました」
と答えると、
「えっ…!?」
と随分驚いた様子を見せた。
その後、現代の世界が未来と比べてどれほど遅れているのか、という話と、時間というものはアナログな概念ではなくパラパラ漫画のようなものである、というような話を聞き、3年前にハルヒが起こした時空震により三年前より過去に行けず、原因であるハルヒを監視しにやって来たのであるという。ついでに朝比奈さんは、原因はわからないがここ数ヶ月の間に。未来ではタイムパラドックスで消えてしまった人がかなりの数に登り、その原因も涼宮さんなのではないか、というようなことを言っていたが、朝比奈さんが部室前の廊下でデロリアンを加速させる際に、コンピ研の部員を5、6人轢いているのを見ていたので、それの原因は朝比奈さんの不注意なのではないか、と俺は疑いの目を向けてしまうのだった。

ある日俺の下駄箱に、ラブレターらしきものが入っているのを見つけ、読んでみると放課後1年5組の教室で待つ、と書かれていた。おれは色々あって遅刻してしまい、ハルヒの『遅刻したら死刑』の言葉通り、教室で待っていた朝倉が「遅いよ」と一言言った瞬間に死んでしまった。
しばらくして俺は、朝倉と遅れてやって来た長門に蘇生されたが、朝倉も宇宙人であるということ、朝倉の所属する急進派の宇宙人は俺を殺してハルヒの変化を観察する予定だったが、そんなに頻繁に死んでるようじゃ殺しても意味がないので計画を練り直してくる、という旨を俺に伝えた。俺は自転車のカゴに朝倉を乗せると、満月の夜空を自在に飛んだ。朝倉の指し示す方角の森の中に降り、そこに迎えに来ていたUFOで朝倉は去っていったのだった。
なんとなく長門に眼鏡はない方がいい、という話をしたら、長門は眼鏡を外した、宇宙服の分厚いバイザーの下の長門の顔は、よく見えなかった。
翌日朝倉はM-78星雲に転校したことになっており、急に転校するなんて不思議だ、とハルヒが騒ぎ出し、俺たちは放課後に朝倉の転校について調査をすることになった。もっと他にいくらでも不思議なことはあるだろうに。
部室に行くとそこには大人の朝比奈さんが居て、『マトリックス・リローデッド』というキーワードを俺に伝えて来たので、「朝比奈さん、今、歳いくつ?」と聞いたのだった。
転校した朝倉のことを調べた帰り道ハルヒが野球の話をしていたが、俺は野球がわからないので「俺、もう帰っていいか?」と聞くとなんか怒ってハルヒは帰ってしまったので、俺も帰った。
自宅に戻ると、門の前で古泉が俺を待っていた。タクシーで拉致され、人間原理だとか、世界五分前仮説だとか、小難しい話を聞かされた上に、手を繋いで閉鎖空間と呼ばれる場所に連れていかれ、自分は超能力者である。という旨を伝えられた。
「なんとなくそうなんじゃないかと思ってたぞ」
と答えると古泉は随分驚いた様子で、
「あなたもエスパーなんですか!?」
と言ったのだがその後読心術を用いて俺の心を読み、平静を取り戻したようだった。
閉鎖空間というのは涼宮がイライラすると神人という巨人を作り出し、暴れさせてストレス発散を行う、という歪んだ破壊衝動が顕現したような空間であるらしい。
古泉は自分の所属する機関の仲間であるというしわしわの老人のような子供達と一緒に薬品のカプセルのようなものを飲み込み、サイコキネシスによって神人を次々と押しつぶしていくのだった。

どう見ても宇宙人に作られた人造人間、どう見ても時をかける少女、どう見ても少年エスパー戦隊。三者三様の理由で、3人は涼宮ハルヒを中心に活動しているようだか、なぜ、俺にそんなことをわざわざ告げたのだろうか。
俺は谷口に相談したりなんかしてたら放課後になったので、部室に行った。メイド服の朝比奈さんがデロリアンで部室に突っ込んできて、フロントガラスを突き破り、俺に覆いかぶさったところをハルヒに見られてしまい、その日俺はなぜか6回ほど死ぬことになった。
三途の川を渡った先で俺はなぜか暗い部室にいた。
ハルヒもいた。
どうやらここは閉鎖空間で、神人を見つけたハルヒは喜び勇んで校庭に飛び出した。
その間に俺は古泉が機械と肉が混合した塊と化すところを見て、部室のパソコンで長門に『マトリックス・リローデッド』と伝えられた。確かマトリックス・リローデッドのオチはこんな感じだったな、と思い、俺は神人を見て大興奮のハルヒの胸に飛び込んで中に入り込むとハルヒを内側から破壊したのだった。
結論から言うと、どうやら俺は無印とリローデッドを勘違いしていたらしい。

翌日学校に行くと、朝比奈さんに泣かれたり、古泉に労われたり、長門に感謝したりと色々大変だった。しかし、今日も空を覆う宇宙船にアメリカ合衆国が核を使った攻撃を繰り返し、朝比奈さんがうっかり起こしたタイムパラドックスで地球の人口が3分の1に減り、神人が通学路沿いのビルをパンチで破壊している。古泉は巨大な肉の塊となってビームを射出する衛星兵器と戦い、朝比奈さんは未来のスポーツ年鑑で荒稼ぎして『朝比奈みくるの娯楽天国』なる悪趣味な建物を建設し、長門はいつも通り牛をキャトルミューティレーションしている。こうして俺たちの日常は、何も変わることなく続いて行くのだった。

「長門有希の憂鬱」完

2016年10月24日月曜日

世界の終りとハードボイルド・長門有希

ONE GROUP OF GURDIANS HAVE BEEN DEFEATED, BUT THERE ARE MANY MORE.
TURN BACK WHILE YOU CAN, FOOLS!
-Sir-Tech「Wizardry1」

俺たちの住む街に宇宙船が落ちてきて、地球の7分の6が消し炭の変わった時、俺はなにを思っていたのかというと、これで明日のテストの心配をしなくて良くなった、などと不謹慎なことを考えていた訳である。長門にあれはお前の仲間かなにかなのか?と尋ねると、長門の返答は一向に要領を得ないものだったので、俺はずいぶん当惑してしまった。宇宙船から降りてきた涼宮ハルヒという宇宙人は、地球人類の全面降伏を要求したので、古泉は「これは大変なことになった」と言って窓から飛び出し校庭の赤い染みになり、朝比奈さんは「確認に行ってきます」と言ってドアを開けると突然やってきた10トントラックに跳ねられて8つの部分に分かれた朝比奈さんになった。
ハルヒが立ち上がって「これは事件だ」と言ったので、俺は多分これは事件なのだろうと思った。
バルタン星人が「いや、これは言うなればよくあることだよ」と言うと、ハルヒはことの事件性に興味を失い、また別の思考の窪みへ落ち込んでいった。俺は朝比奈さんとオセロを始めたのだが、先攻の朝比奈さんは長考をするばかりで一向にオセロの駒を盤面に置くことはなかった。たっぷりと4時間は続いた長考に、俺はとうとう朝比奈さんとオセロをすることを諦め、帰り支度を始めた。
バルタン星人は窓際で地平線の彼方に今まさに落ちようとする真っ赤な夕日を眺めて、明日太陽がいつも通り再び夕日となって落ちるために登ってくるであろうことに思いを馳せていた。

「世界の終りとハードボイルド・長門有希」完


2016年10月23日日曜日

老いたる霊長類の星への長門有希

ティベット文字  7世紀ごろ、*ソンツェン=ガンポが仏典翻訳のため、インド文字を元に作ったと言われる表音文字。
-数研出版「世界史辞典」

ルイ14世が1661年に親政を始め、コルベールを登用して中央集権、富国強兵をはかっていた頃、俺たちはいつも通りSOS団として文芸部室に集まり、別段変わりのない毎日を送っていたのだった。
それはそうと、ルイ14世がヴェルサイユ宮殿を完成させ文芸を保護した、フランスの王制における黄金時代ともいうべきこの時代は、まさしく長門にとって過ごしやすい時代だったと言えるだろう。
窓際で本を読む長門を横目に、俺と古泉はいつものように、暇つぶしのオセロに興じるのだった。ちなみにオセロが発明されたのは1973年の日本である。意外と遅いな。

古泉が1索単騎待ちのオープンリーチをかけ、点棒をオセロ盤の上に叩きつけると、右半身だけ5分前の過去に、左半身だけ5分後の未来に時間平面移動しながら朝比奈さんがお茶を持って来てくれたので、俺は礼を言ってお茶に口をつけると、落ち着いてこの盤面を眺めながら古泉のオープンリーチの意図するところを考えた。次の一手は間違いなく『と金』による王手飛車取りだろう。俺は手札からハートのエースを残して全ての手札の交換を宣言した。狙うは21、ブラックジャックである。
ところでオセロにおける簡単な戦術をご存知だろうか。それは前半戦に自分の利をとりあえず捨て置いて、如何に相手が置きたいところに駒を置けなくするか、という、地味な嫌がらせを続けるのである。古泉がポーンを前進させたので、俺もそれに対応してルーレットを回し、出目の分自分の駒を前進させる。どうやら俺の職業はタレントになったようだ。銀行から3000ドル受け取って、青森のリンゴ農家に投資して俺の番は終了した。古泉のターンとなりアンタップ、アップキープー、ドローを済ませると、場に『真鍮の都』をセットした、赤単の古泉が多色地形を使うのは珍しい、と訝しんでいると、古泉は真鍮の都から生み出された青マナによって『テレパシー』を唱えたのだった。これにより俺の手札は古泉に公開されることになる、俺は古泉のテレパシーにスタックを乗せて、浸透強襲ドクトリンと、戦略爆撃機の研究開発を始め、軍需大臣を『ヒャルマー・シャハト』に置き換えると、マハトマ・ガンジーに対して『貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ。(開戦)』を選択し、宣戦を布告した。俺のスタックの処理が終わり、古泉の『テレパシー』が解決されると、『テレパシー』の効果によって俺の手札が公開された、鉄4枚、麦1枚、羊2枚という手札を古泉はじっくりと眺めると、『独占』のチャンスカードを使用し、鉄の独占を宣言したので、手札が割れている俺は、古泉に鉄を4枚差し出し、長門も渋々鉄を3枚差し出した。俺はシーフによる罠の探知を行いたいと、ゲームマスターの長門に尋ねると、2+2D6で15以上で成功と言われたので、これはどうやら探知不能な罠が設置されているということを察し、『マラーの冠』を使用して『魔術師ワードナ』の居城であるダンジョンの10階へ続く、9階のシュートの座標へテレポートしたのだった。
『わかっておろうが、お前らは主なる魔術士ワードナの領地を侵しておる。
お前らがオレの守りを破ることはできなかろう。
ましてや、オレと戦って、勝とうなどとは夢にも思わんことだ!
そこで、あわれなお前らにこんな手がかりを教えて進ぜよう。
コントラ-デクストラ-アベニュー』
のメッセージを横目に、ダンジョンを進んでいく、この階層の非常に複雑そうに見える滑る床は、実は方向キーをずっと上に入力しているだけで通過可能だ。日光に1時間晒した地図を片手に、俺たちはついに魔王『長門有希』の玉座の前へやってきたのだった。
古泉が『バブルマン』を倒した時に入手した特殊武器『バブルリード』を至近距離でセレクトボタンを連打しながら長門に打ち込むと、長門はバラバラになった。
その時長門が、
「私は魔王の中でも最弱、人間ごときに負けるとは、魔王の面汚しよ」
と言ったので、俺たちは『デスピサロ』の最愛の人であった『ロザリー』の殺害の裏にある陰謀を突き止め、無事、『ヤス』が犯人であることを証明したのだった。

「老いたる霊長類の星への長門有希」完

不確定世界の長門有希

純粋とはこういうものです。人はとにかく感傷的に、情的な面ばかりでそれを考えたがりますが。
–岡本太郎「日本の伝統」

なんてことはない、暖かな陽気の昼下がり、春の訪れを肌に感じずにはいられないような、そんな入学式の当日に、一隻の宇宙船が俺たちの住む街に降りてきて、長門有希という宇宙人が朝倉涼子という宇宙人を連れ立って降りてきた。
その時、俺はどうしていたかというと新しいクラスでなんとなく自己紹介を終え、席に着いたばかりだった。空を覆う巨大な宇宙船は学校の校庭に降りたので、もう、クラスは自己紹介だとか、そんな雰囲気ではなかった。後ろの席の女が、動揺するクラスメイトを無視するように大きな声で自己紹介をしていたが、そんなものは俺の耳には入らなかった。少なくとも、このような非現実的な出来事に、たとえ野次馬Aだとしても居合わせるなんてことは生涯ないものだと思っていたが、どうやら世の中というのは意地悪にできていて、あきらめた後にこういうサプライズを催すのが好きなようである。
宇宙船から降りてきた宇宙人は、寡黙でなにも話すことはなかったが、横にいた青い髪の世話焼きな委員長タイプの宇宙人に随分とフォローされてなんとか人類とコミュニケーションを取ったようである。
「野球をするからグランドを貸して欲しい」
それが我々人類と宇宙人の、第1種接近遭遇において発せられた最初の言葉だった。

俺は野球なんか見ててもしょうがあるまいと思って、教室から誰にも見られないように、退散した。何より、ここでずっと宇宙人の野球を眺めていたって、なんになるというのだ。渡り廊下を渡って校舎裏へ出ると、俺はなにやら不思議なものに遭遇した。校舎裏の壁に、銀色の車が衝突して火を吹いていたのだ。
座席で倒れている女性に目が止まり、俺は自分がどう行動すべきかを思案したが、僅かばかりに残っていた良心が、その女を助ける、という選択を取るまでに、そう時間はかからなかった。なぜならその女性が天使のように可愛かったからであるなんていうのは口が裂けても公言できないがね。ドアをこじ開けて、内を確認する。どうやら車内で火は起こっていないようである。ふと俺は計器類にくくりつけられたデジタルの表示器に表示されている4851 08 24と言う数字とそれに並んで表示されている2003 04 10と表示されている数字に目が止まったが、いまはそれどころではあるまい。
肩を抱いて女性をゆり起こすと、女性は
「すいません、今は何年の何月何日でしょうか…?」
と訪ねてきた。事故に遭って混乱しているのだろう、と思ったが俺も相当混乱していたので先ほど見た正直をまた確認して
「4851年の8月24日です」
と答えると
ひょえーとでも形容すれば良いのであろうか、そのような悲鳴をあげて
「そんなはずは…今日は2003年の4月10日のはずじゃ…!」
と焦って自分の時計を確認していた。
「ちゃんと4月10日じゃないですか…!あ、しまった…」
俺がなにがしまったのかと疑問に思っていると背後に轟音が響き渡った。俺は訳もわからず地面に投げ出され、吹き飛んでくるコンクリートの破片が目に入って悶絶していた。
しばらくして目を擦りながら確認するとそこにはなにもなかった、いや、間違いなく校舎がそこにあったはずなのに、いまはその奥にあったはずの宇宙船が見えていたのだ。
「遅かった…どうしよう…わたしのせいだ…」
と俺の横で涙目になっている女性に気を取られていたが、しばらくして二つの足音が近づいてくることに気づいた。
「あっ、長門さん…!」
涙目の女性の目線の先を追うとそこには先ほど宇宙船から降りてきた2人の宇宙人がいた。
どう見ても人間の女子高生にしか見えない長門と呼ばれた宇宙人が、
「うっかりホームランで校舎を消し飛ばしてしまった」
と言った。はてなんのことであろうか、と俺は思ったが、いまはそれどころではあるまい、と思い、
「そんなことはいいから、この人を早く保健室に」
と怒鳴ってしまった。
青い髪の女は呆れたような顔で俺を見ると、
「保健室はもう無いわ、保険の先生もいないわよ、みんなホームランボールと一緒に蒸発しちゃったもの」
と言い放ったのだった。

人は見かけによらぬもの、とはよく言うが、案外話して見ると、宇宙人というのも意外と気さくないいやつだ、ということがわかってきた。何より奴らの見かけはどう見ても女子高生だったので、見かけによらぬ、というよりも、見かけ通りと言ったほうが正しいのかもしれない。つまりあれからどういうことになったかというと、俺たちは近くの喫茶店にやってきていたのだった。
ボブカットをさらに短くしたような髪をした肌の白い方の宇宙人、これは長門有希、という名前らしいが、喫茶店で供される様々なスイーツのメニューを30分はじっくり吟味し、注文したイチゴパフェを無表情ながらも熱心に食べている。
「ごめんなさいね」
と、髪の長い世話焼きな委員長気質の宇宙人、こいつは朝倉涼子と言うらしいが、黙々と食べることに集中して黙ったままの長門有希の代わりに謝った。
「何しろ私たちはまだ人間の年数で言えば3歳くらいだから」
どうやら宇宙人というのは随分早熟らしい。俺が3歳の頃といえば、三輪車をひっくり返して泥除けに砂利を落としペダルを手でくるくる回していた頃であるから、これは相当な差があると考えていいだろう。
コーヒーを口に運びながら俺はそんなことを考えていた。
横にいた自動車事故の女性が、この人は朝比奈みくると言う可愛らしい名前だそうだが、なんだか怒ったような様子で
「なんでこんなに和やかな感じなんですか!学校が一つ消し飛んじゃったんですよ!」
と大きな声で言った。
「あれは宇宙規模で言えば小さな損失にすぎないわよ」
と朝倉涼子は言った。
「地球型惑星なんて、それこそ数年に一度のペースでヴォゴン人に破壊されてるし、それにこの宇宙だっていずれトラファルマドール星人が滅ぼしてしまうんだから、この程度なら誤差の範囲よ」
なんだかすごい話を聞いた気がするがどうにも規模が大きすぎてついていけないので、俺は黙々とパフェを食べている長門有希という宇宙人の方に目を向けた。
見られていることに気づいたのか、長門有希は俺の方をに目をあげると右手の人差し指を俺の方に差し出してきた。
「あなたにはわかって欲しい」
俺はなんとなくE.T.のワンシーンを思い出して、長門有希の人差し指に俺の人差し指を向けて見ると、それはどうやら一瞬のことだったが、宇宙人の価値観というものが理解できた。つまり死というものは『そういうものなのだ』。
「でもあそこには涼宮さんが居たんですよ!?」
出し抜けに朝比奈さんの大きな声が響いたので、俺はビックリしてしまった。
涼宮といえば、宇宙人襲来に混乱する教室で、でかい声で自己紹介をして居た、俺の席の後ろに座って居た女も涼宮という名前を名乗っていた気がする。
「地球人は未だに三年前の時空震のことを気にしてたの?宇宙じゃそんなの日常茶飯事じゃない」
長門有希が口を挟む
「数年前にもインキュベーターがうっかりミスで地球を滅ぼすところだった」
朝比奈さんはオロオロしながらもどこか納得できないようで、
「でも、でも…」
と反論の糸口を探ろうとしていた。
「それに地球を管理してるドグラ星の王子にも許可をもらってるわよ」
俺は地球が宇宙人に管理されている、と言うことと、宇宙人の社会にも王政がある、と言うことを知り愕然とした。
どうやら喧々諤々の議論が続きそうなので、またも長門有希の方に目を移すと、彼女はパフェを食べ終えてメニューをじっくりと眺めている最中だった。
長門有希の目線が、一つの写真に注がれていることに気づくと、俺は、
「カレー、食べたいのか?」
と、そう、宇宙人に問いかけたのだった。

ところで、この話には素晴らしいオチがあったはずなのだが、どういうわけか忘れてしまった。

「不確定世界の長門有希」完

2016年10月22日土曜日

長門有希からのホットライン



ミネルヴァと地球が最も接近した時だって 、一億五千万ないし一億六千万マイルは離れているんだよ 。ビームがその距離を越えて目標に達するのに約十三分 、さらに命中の報が月面に届くのに十三分 。つまり 、ミネルヴァが最も地球に近い位置にあったとしても 、少なくとも報告までには二十六分の時間がかかるはずなんだ 。
–ジェイムス・P・ホーガン「星を継ぐもの」

長門が分厚い電話帳を読むのをやめて、窓際で週刊少年サンデーを1ページずつむしゃむしゃと食べている姿を見ると、もう秋も深まってきたんだな、とすこし感傷的な気分になる。外の景色は、すっかり秋色に染まっていた。
古泉は超能力でオセロの駒をふわふわと浮遊させたり、100円玉を500円玉に変えたりして見せて日本のインフレの加速を助長したりしている。
朝比奈さんはお茶を入れながらも、2分先の未来に行ったと思ったら、5分前の過去に戻ってきたりして、消えたり、時折2人に増えたり、同一時刻の同一座標上に時間移動してきてしまって重なり合った物質の時間的な衝突によって現在の物理学理論では起こりえないような異常な熱力学的反応を引き起こして大爆発したりしていた。
ハルヒはいつもの調子で、
「どうして不思議なことってなかなか見つからないのかしら」
と呟いた。
「朝比奈さんが昔言っていたが船が水に浮かぶとか、そういうのは不思議じゃないのか?」
と俺が言うと、
「別に、船は水に浮かぶものじゃない」
と、不機嫌そうに顔をしかめた。それを聞いた俺は、そうか、船は水に浮くんだ、なんでそんな当たり前のことに、今まで気づかなかったんだろう、と思ったりしていた訳である。古泉は超能力が使えるタイプの人なんだと考えれば、別に何も不思議じゃないし、長門が電話帳や週刊少年サンデーを食べるのも、紙はもともと植物だということを考えれば、ちょっと形の変わったサラダを食べているようなものだし、読み終わった教科書を食べるなんていう暗記法が流行った時代もあったのだから、やはり本は読み物というより食べ物なのだろう。朝比奈さんが時間旅行をすることができるのも、例えば、数千年経てば、人類はタイムマシンを発明するだろうし、テレビが携帯電話で見れるくらいに小さくなったことを考えれば、タイムマシンだって目に見えないくらい小さくなることもあり得るだろう。何も不思議じゃない。
そんな考え事をしていると、長門が少年サンデーを食べ終えたのか、俺たちのところにやってきて、
「これを見てほしい」
と言って、手に持ったボールペンを手のひらから落とすと、そのボールペンはカシャンと音を立てて床にぶつかり、コロコロとすこし転がって、そして止まった。
「なにこれ!?すごい不思議じゃない!?」
とハルヒは大変驚いたのだった。

「長門有希からのホットライン」完

終末期の赤い長門有希

ハルヒがブラジルに行ってみたい、と本気で願ったので、昨日から世界中がブラジルになってしまった。念願のブラジルに行くことのできたハルヒは(無論この場合ブラジルが来た、と言う方が正しいが)有頂天で朝比奈さんにサンバのコスプレをさせてダンスの練習に余念がないようだ。俺はずいぶん久しぶりにハルヒありがとう、と思ったのだった。

「わたしたちの世界は情報統合思念体に監視されている」
と長門が言ったので、俺はどうしたことか、と思った。
「あの本の隙間から私を見ている人がいる」
俺は長門の様子をつぶさに観察する。
「朝比奈みくるの髪の毛の隙間にもいる」
ブツブツと呟く長門の体はガタガタと震え、呼吸が安定していない。目の下のクマは酷く、不自然な発汗がある。とぎれとぎれに涙が溢れている目は虚ろだ。どうやらまた覚醒剤の禁断症状らしい。
「程々にしとけよ」
と俺は言っておくことにした。

「キョンくん、すでにどうかしてしまったんですか?」
朝比奈さんが長門の前で虚空を見つめるを俺を見咎めて、声をかけてくれたようだ。
「いえ、なんでもないんですよ」
そう言うと朝比奈さんは、不思議そうな、まるで俺が言ったことを理解できないと言うような顔をして首をかしげた。
「ああ、いや、なんでも『ないんだろう』ですよ」
朝比奈さんは過去現在未来の時勢を正しく認識できない点を除けば、とても素晴らしい、天使のような女性だ。
彼女はなぜか、未来形で話された時勢の言葉しか認識できないのだ。
「なんだが悩んでいたみたいだったから…お茶が入るでしょうですよ?」
朝比奈さんが使う未来形の表現は、朝比奈さんの行動に限り基本的に現在形、あるいは現在進行形であると認識すれば大方間違いはない。そして彼女が俺たちの行動を表現するときは、押し並べて現在だろうと過去だろうと過去完了形になる。
なぜなら彼女は未来からやって来た未来人だからだ。そうとしか言いようがないし、俺もそれがそういう病気なのは理解してるつもりだ。
ただ、一点難しいところは、日本語には厳密に未来形の文法が存在しないので、どうしてもうまく表現できないときは、会話の中に英語のwillを入れ込めば朝比奈さんが認識してくれるということは、最近の研究でわかったことだ。
「お砂糖はいくつ入れてほしかったですか?」
と朝比奈さんが聞くので、俺は
「2つ入れて欲しいでしょう」
と答えた。
そうして俺はこれから暖かくなるだろうお茶を手に取ろうとすると、「あつっ」とつぶやこうとして朝比奈さんは「大丈夫だったんですか?」と尋ねるでしょう。

かつて長門の脳がまだ吸水性の悪いスポンジに変質していなかったころ、
「宇宙では、未来完了という表現は存在しないと言うのが定説になっている」
ということを言っていたのを思い出したが、自分を未来人だと言う朝比奈さんは、一体どこで自分を完了させることができるのか、俺は到底考えもつかず当惑してしまった。

古泉は、自分は超能力者のはずだ、と言って聞かず、先月、今日こそ超能力をお見せしますよ、と俺に言って校舎の屋上から飛び降りて帰らぬ人になってしまった。

「あー暇ね、キョン!何か面白いことしなさい」
この無茶振りをする女は涼宮ハルヒという女だ。ハルヒはシルバニアファミリーの森の大きなおうちの、リビングのソファに座る、バスマジックリンのキャップに話しかけている。ハルヒは世の中のなんでもが自分の思う通りに行かないと納得いかない女で、それこそ入学当初は様々な傍若無人な振る舞いをしたものだが、今ではこのシルバニアファミリー森の大きなおうちのリビングをSOS団団室と呼び、そこで、バスマジックリンのキャップと咳止めブロン錠のビンとRX–78-2ガンダムとつまようじと共にたのしそうに暮らしているのである。時折そこに小林製薬の「トイレその後に」などが現れてSOS団の団結を破壊しようと画策するのだが、ハルヒ曰く「SOS団は永久に不滅」らしい。
全く俺も誇らしいぜ、ハルヒさんよ。
そう言うとハルヒは箱庭から顔を上げて俺の顔を見て、
「あんただれ?」
と言うのだった。
しかし、
「涼宮さんの事は気にしなくてよかったですね」
と朝比奈さんが俺に言おうとするので、俺はいくらか落ち着くであろうし、
「いえ、そんなに気にしようとするだろうという訳じゃないんでしょうが」
と俺が答えるだろうが、朝比奈さんは、
「そんなことより明日買い物に付き合ってくれましたか?」
と言うだろう。そして俺は、
「もちろん、付き合うでしょうね」
と答えるのだろうな。

長門は今日も部屋の隅でガタガタと震えていた。

「終末期の赤い長門有希」完

地球の長い長門有希

カレー食べ放題の店があるという話を谷口から聞いたので、なんとなく長門に話を振って見たら、
「今日涼宮ハルヒが死ぬということが確定していたとしても、いくべき」
と物騒なことを言ったので俺たちは今、そのカレーが食べ放題であるという店の前に来ている。
どちらかといえばそこまで大量に食べる方ではないので食べ放題というものを倦厭していた俺だが、あの長門の頼みとなれば、たまにはこんな冒険をしてみるのもいいのではないかと思ったのだ。食べ放題の料金は1700円とやや割高だったが、日頃俺が長門から受けている恩恵を考えれば安いものだと自分に言い聞かせた。5種類のカレーのどの種類でもおかわり自由という形式のようで、メニューを食い入るように見る長門の目は、テスラコイルの放電もかくやと言わんばかりにキラキラと輝いている。
「これとこれとこれがいい」
と長門が言う、
「注文は一つずつにしなさい」
なんだかこんな時、俺はまるで長門の父親であるかのような錯覚を覚える。
長門は夕食を取り上げられた犬のようにしょんぼりとした様子を示すので(といってもわずかに眉を下げただけだったが)
「じゃあ、俺はこれを頼むから、長門はもう二つの中から、先に食べたいのを頼めばいいだろ」
そう言うと、長門は輝かんばかりの笑顔で(これもやはり、口元が少し上に上がっただけだったが)和風明太子カレーなる品を指差した。
「それにおかわり自由だから、他に食べたいものも、後からおかわりすればいい」
なんだか微笑ましい光景じゃないか、などとこの時は思っていた、まさかあんなことになるとは思っていなかったんだ。

結果を言えば、長門が際限なくカレーを食べ続けたことによって世界は大規模な食糧難に見舞われてしまった。そしてSOS団の仲間たちは、今日もまた食料を求めて荒廃した砂漠の上をあてどなく歩いている。
ここにはかつて東京があったのだ。今ではもう、その名残さえ見ることは叶わない。
かつてここには文明があったのだ。しかし文明とはやはり、食うものがあってこそだ。衣食たりて、なんとやらとはよく言ったものだ。
そうして俺たちは、ハルヒの足にかじりつきながら、食料を求めて西へ西へと足を進めていった。
地球は今や、繁栄の時期を終え、長い午睡のまどろみに落ちようとしていた。
豊かな緑も、人類の文明の足跡も、もう見つけることの方が難しいだろう。
それでも、地球は午睡のまどろみの中で、夢を見るのだ。
そして時折俺は考える。その夢こそが俺たちなのではないだろうか、と。

「地球の長い長門有希」完


2016年10月21日金曜日

長門有希の異常な愛情 または長門有希は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか

『さよならだけが人生だ』、と言う言葉が、誰の言葉だったかは思い出せないのだが、『吾輩は猫である、名前はまだない』と言う言葉を誰が言ったのかはわかる。猫だ。とはいえ猫が話すなどということを信じていたかというとこれは確信を持って言えるが信じてなどいなかった。うちにはシャミセンという話す猫がいるが、あれは長門の腹話術だったので、ノーカウントだ。
という訳で猫が話すということを断固として信じないという意思を表明して以来、長門が俺の家に居候を始めたのである。なんでも「いつ猫が話すかわからないから、いつでも腹話術をできるようにしている」とのことだ。そういえば古泉も閉鎖空間とかいうところに俺を連れていって神人なるものを俺に見せたが、やはりあれも、光の加減とか、空気の淀みとかで、そういう風に見えただけであろうと俺は思っている。人がいなかったのは俺の知らない間にどこか遠くのバーゲンでセールか何かやっていたんだろうし、神人がビルを破壊していたように見えたのも、光の加減で巨人らしき影が見えたあたりに、偶然老朽化で限界のきているビルがあったか、どこかの主婦の不注意でガス爆発が起こった、というようなところが真相だろう、何も不思議じゃないな。朝比奈さんは自分は未来から来た、と俺に言ったが、そんなことはあり得るはずがない、過去なるところにも連れて行かれたことがあるが、あれも、その前に起こった貧血のような症状を考えると、白昼夢であったことは明白だろう。仮に、もし現実だったとしても、あの小さなハルヒみたいなやつだって、多分ハルヒの妹か何かだったんだろう。俺はハルヒの家の家族構成を知らんしな。今隣で漫画を読みながら焼き芋を食べている長門も、自分は情報統合思念体から派遣されたヒューマノイドインターフェイスである、とか言っていたが、やはりあれもちょっとした長門の妄想だったんだろう。朝倉に襲われた時は随分面食らったが、ドアが開かなかった件にしても、あのドアはもともと立て付けが悪かったし、教室の風景が一変したのも、光のいたずらか何かだろう、長門が光になって消えかけたり、朝倉が光になって消えたりしたが、やはりあれも偶然に偶然に偶然が重なって、たまたま朝倉が光になって消えたように見えた翌日に俺に襲い掛かったのが気まずくなって転校したりしたのだろう。それにひょっとしたら、朝倉は光になって消えるタイプの人だったのかもしれない訳で。後日朝倉が突然帰ってきたり、ハルヒが消えたりもしたが、よくよく考えればクラス総出で俺を驚かすために仕組んだ、ハルヒ発案のドッキリだったのではないかと思えば辻褄があってしまう。何より朝倉が帰ってきたということは、朝倉が光になって消えたことがトリックであったことを証明しているようなものだ。という訳で俺の平々凡々で退屈な毎日は、今日も変わらず続いている訳である。ただ、俺の部屋で猫を抱えながら、延々と腹話術をやっている長門がいるということは、ちょっとした変化だと認めないわけにはいかないんだろうな。
そういえば、今頃ハルヒたちは何をやってるんだろうか。案外、俺の知らないところで不思議な現象に出くわしたりしているのかもしれんな、などと考えてみたが、やはりこの世に不思議なことなど何一つないのだ、と考え直した。

「長門有希の異常な愛情 または長門有希は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」完

長門有希は長門有希の長門有希を長門有希か?

全ての道はパチンコに通ずると言う、かつての偉大なローマの偉人の言葉がある。全くこの言葉の通りで、時間の経過によって忘れ去られつつある作品たちは、みんなパチンコに吸い寄せられるかのように集まっていき、やがてステンレスの球を吐き出したり、チューリップを開閉させたり、暁美ほむらの演出から美樹さやかの『私ってほんとバカ』に移行して遊戯者をキレさせたりするのである。あの尊大な涼宮ハルヒもこの例外にもれず、俺は奴が物言わぬ鉄の箱となって、パトランプをピカピカ光らせたり、スピーカーからかつてのハルヒを思い出させるセリフを再生したり、下の口からステンレス玉を吐き出している姿を見て、えも言えぬ郷愁に襲われたものである。

10月も半ばに入り、やや肌寒くなってきた頃のことだ。
俺はいつものように谷口のナンパの誘いをなあなあに断ったり、国木田のキョンは変な女が好きと言う話題を適当にあしらったり、ワックスを塗ったり取ったりしてカラテの訓練をしたりと言う、いつも通りの日常を送っていたのである。そうです私が変な女です、と志村けんの声真似で話題に乱入してきた長門の延髄に流れるような手刀を叩き込んで黙らせたりと言うのも、言うなればありきたりな青春の一ページといった具合だ。
朝倉が俺の席の後ろに座ったので、何のことはない、また“消失”だな、と決めつけて、ダラダラと始まったホームルームの内容を小耳に挟みながら俺はこの騒がしい青春から一時期逃れるためにまどろみに沈むのだった。

目を覚ますとどうやらもう放課後らしい、何の事は無い俺は今日の授業時間を全て睡眠に譲り渡し今目覚めた、と言うだけのことだった。

「遅いよ」
朝倉涼子が俺に笑いかけていた。
「お前か…」
と俺は答えた。
「人間はさあ、よく『板垣死すとも自由は死せず』って言うよね、これ、どう思う?」
それは板垣退助しか言っていないのではないだろうか。
「『ブルータス、お前もか』だったかしら」
それもユリウス・カエサルしか言っていないではないだろうか。
「それを言うなら、『やはりエジプトか……いつ出発する? わたしも同行する』」
それも花京院典明しか言ってない。何だ長門、いつもより早かったな。
「じゃあ『あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る』だったかしら」
それはもうちょっと後のセリフだろ。
結局その日はセリフを思い出せず、帰りにコンビニで肉まんを買って、たわいのない談笑をした後、明日こそ文芸部でプルーストの『失われた時を求めて』を読破しよう、と三人で約束して、遅まきながら俺は帰途についたのでだった。

「長門有希は長門有希の長門有希を長門有希か?」完

ガニメデの優しい長門有希

「ルールは解るか?」
否定。
−谷川流「涼宮ハルヒの憂鬱」

長門とぼんやりと怠惰な土曜の昼下がりを過ごしていると朝比奈さんが現れてこう言った。
「今日はキョンくんに未来の世界を見てもらいます」
出し抜けな提案に、俺は仰天動地した。俺は天であり地である釈迦なので、この用法は何も間違っていない。
「じゃあ、目をつぶってください、行きますよ」
有無を言わせずに朝比奈さんはお得意のPTSDを使って俺を未来の世界に連れ去ったのである。

「…わぁ〜お姉さん未来の世界ってこうなっているんだね」
お前はモグタン!違った、長門だった。急にモグタンの声真似をするなというのに。なぜ長門がここにいるのか、ということは、いつも通りの天丼ネタなのであえて突っ込まないことにした。
しかし改めて辺りを見回すと、そこはぺんぺん草一本生えない荒野で、そこら中に転がる赤紫のゲル状の塊と、ところどころ黒く煤けたビルの残骸が目に入るばかりだった。
「あれが西暦4872年の人間の姿です」
朝比奈さんは時折内部からゴポリと気泡を吐き出す赤紫のゲル状の塊を指差して言った。
「未来では高濃度に化学汚染された大気に人間の体が適応することができず、人間は自分たちの手で人類をあの赤紫のゲル状生物に変質させたんです」
ショッキングな話であったので、俺は随分長いこと状況を飲み込めずにいたが、長門が、
「未来では常識、あなたは遅れている」
と言い放ったので、俺は信じることにした。いくら2856年ほど時代遅れになっていたとしてもナウい感性は維持して行きたいじゃないか。
ふと足元に当たったプラスチックの破片を見てなんとなく朝比奈さんに、
「これはなんですか?」
と尋ねると
「それはプラスチックの破片です」
と言った。
長門がまたしても、
「あなたの常識の無さには呆れ果てる」
と言ったので、俺は長門をつねった。
「4000年代初頭に起こったバイオハザードの影響で、地上の植物はほとんど絶滅してしまいました」
それだけではこの荒廃具合は説明がつかない気がするが…
「植物の絶滅で問題になったのは、植物を主な食料とする牛の絶滅です。3000年代おわりの第27次世界大戦の影響で世界はマーフィーの法則を応用したバター猫タービンによる永久エネルギー世代に突入していたため、バターが生産できなくなった人類は大きなエネルギー問題に直面します。」
俺は一つの疑問に思い当たった、バターがないなら、マーガリンやジャムを使えばいいのではないだろうか。しかしその小さな希望も、朝比奈さんの次の言葉で打ち砕かれることになるとは俺は予想だにしていなかったのだ。
「マーガリンも、ジャムも、植物がないと生産できません」
なんてことだ、かくしてバターを塗ったパンと猫によって支えられてきた人間の営みはもろくも崩れ去ったと言うわけだ。
「核エネルギーも石油も、3000年代初頭には使い尽くされてしまっていました、加速度的な人類の進歩が逆に人類の首を絞めることになったんです、水素燃料も製造過程で二酸化炭素を大量に排出することから、人類の死期を結果的に早めるとして禁止されていました」
そんな現実を知ってしまった俺は、帰ったら絶対にテレビをつけっぱなしにしたり、コタツで寝たりしないぞ、と心に誓ったのだった。
「4200年代には、酸素濃度が人間の活動できる限界近くまで下がっていました。宇宙へ進出する、と言う選択肢も残るには残っていたのですが、最新鋭のシャトルはほとんどがバター猫タービンを動力源にしていましたし、旧来型のロケットは数隻現存したものの、運用技術が失われて久しく、現実的ではありませんでした、こうして人類は、より低い酸素濃度で生活できるように自分たち自身の体の方を変化させることを選択したんです」
それがこの赤紫のゲル状生物だとは…。俺は絶望で、目の前が真っ暗になる気持ちだった。
「有効酸素濃度が低い、と言うことは、生命としての活動を著しく制限されることになります。つまりその赤紫のゲル状生物は、ほとんど何も考えることもできず、ただ、そこに生きているだけの存在なんですよ」
何か、何か希望はないのか、俺はこんな絶望的な未来のために生きているわけじゃないんだ。宇宙人がやってきて抜本的な解決策を提示してくれるとか、そう言う奇跡は起こらなかったのか。
「宇宙人などいない」
そうか、長門が言うと説得力があるな。

そうして未来の世界を観光者さながらに見て回った俺たちは、旅の終点で海岸に埋もれる自由の女神像を見つけるのだった。
なんてことだ!ここはアメリカだったんだ!

「ガニメデの優しい長門有希」完

ライ麦畑で長門有希

「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、メル・ギブソンがいたら、私のところに来なさい。以上」
というわけでまさかハルヒが本当にメル・ギブソンを連れてくるとは思っていなかった俺であったので、まさかメルが『マッド・マックス サンダードーム』の冒頭の姿で転校生としてやって来た時には随分驚いたものだが、人間というのは環境に適応する生き物であるので、何変わることなく俺たちは普通の学園生活を送っている。メル・ギブソンにだって人並みの学生時代はあったはずなので、メルがいるから非日常である、などと言われたら、メル・ギブソンもとんだ迷惑だろう。

というわけで俺は何変わることなく、宇宙人の長門有希、未来から来た猫型ロボットのドラえもん、『マッド・マックス サンダードーム』冒頭のメル・ギブソンに囲まれて、それなりに楽しい学園生活を謳歌しているのである。

「見た目に騙されてはいけない」と時折ドラえもんはいう、メル・ギブソンは「あなたは私の心をお読みになった!」と言って平身低頭ドラえもんを慕う。これも言うなれば、ありがちな青春ドラマであって、一般的な高校生であれば、誰だって一度はそういう場面に遭遇したことがあるだろう。でも、誰がどう見たって、ドラえもんはタヌキのロボットだ。猫型である、というのは、あいつ流のジョークのようなものなんだろう。俺の家にいるシャミセンと見比べてもどうしたってあいつが猫型とは思えないのだ。似てるところはヒゲくらいのものだが、それこそヒゲなんて、タヌキにだって、サルバドール・ダリにだって生えている。

『午後七時、陽光園駅前公園にて待つ』と書かれた栞を長門が手裏剣のように何枚も俺に向かって投げつけて来た。どうやら俺が随分と本を読まないので業を煮やしたように思える。

これで長門がいなかったら笑ってやるが、どうやら笑わずに済んだようだ。
「ひょっとして、毎日待っていたとか」
と長門が言った。
どういう意味だ、それは
「…今のは腹話術」
それは随分先に出てくるセリフだぞ、長門よ。

しかしまあ、結局のところ。
最初に話すことは決まっているのだ。
そう、まず−−。
宇宙人と未来人とメル・ギブソンについて話してやろうと俺は思っている。

「ライ麦畑で長門有希」完

2001年宇宙の長門有希

イギリスに出現したポップ・アートとビートルズ音楽は、一瞬のうちに全世界を風靡し、タレントを一変させたのである。 − 瀬木慎一「第三の芸術」

2001年頃には、俺は何をやっていただろうか。なぜならハルヒが時空震を起こし時空を断裂させたのが、涼宮ハルヒの憂鬱が発表された2003年から3年引いて2000年、2001頃には俺は佐々木と随分ねんごろにやっていたはずであるのだが、どうもそのあたりの記憶がおぼろげである。今年はもう2016年も終わりに差しかかりつつある、時の流れは早いもので、ハルヒが2007年ごろから3年ほど書店のそこらで「ごめんネ!」と謝り続けていた時期からも、もう6年が経っていることになる。かくいう俺は未だに高校生をやっている。誰だってそうだ、だから俺だってそうだ。

今日も今日とて俺は部室に行くのだが、そういえばここ4年ほどハルヒの奴を見かけていない気がする。席は真後ろだというのに、変な話だ。いや、俺の後頭部には目がついていないので当然といえば当然かもしれないのだが。
部室では相変わらず長門が窓辺で本を読んでいる。やはり長門がいないとな、と思う。長門のいないSOS団室など、ドラえもんのいない『ドラえもん』、寄生獣の出てこない『寄生獣』、範馬刃牙の出てこない『グラップラー刃牙』みたいなものだ。「よう」と俺はいつも通りに声をかける。これもかれこれ15年近く続けてきた、いつも通りの俺の日常だ。

「いつもより15秒27遅い」
長門は本から目を上げずに、ぽそりと呟いた。すまんな、谷口を避ける際にいつもより右に30センチほど大きく迂回してしまったのがトータルのタイムに響いてしまったようだ。
「今日は古泉いつきも朝比奈みくるもこない」
長門が言うからにはそれは確実なことなんだろうな、と思い、俺はカバンを椅子に置いて、いつもの定位置についた。話題がないので、長門読んでいる本を眺めてみる。どうやら今日は国語辞典が長門のお気に入りらしい。
「そんなの読んで面白いのか?」
俺はいつも通りに長門に問いかけた。これは毎度恒例のやりとりなのだが、最初の頃のハイペリオンなどに比べ、読んでいる本がやれ電話帳だの、寄生虫図鑑だの、フィリピン・タガログ語入門だの、世界最終戦争論だのと特殊化の一途をたどっているが、それはひょっとしてギャグでやっているのだろうか。
長門読破した本は本棚に入りきらず積み上げられて、今では高さにして20キロメートルはゆうに超えた分量になっている。
「そういえば長門よ、この前貸した30万円なんだが」
「借りてない」
長門は間髪入れずに返事をする。そういえば貸してなかったな。
俺は困った様に頭をかいて、今言った自分のジョークのつまらなさを反省した。
「今のはジョーク…?」
長門がやや上目遣いでこちらを見ながら俺に問いかけた。長門の感情を読み取ることに長けた俺だからわかることだが、こう言う表情の時の長門は、大体の場合、俺の言ったジョークのどこが面白かったのかを説明させて辱めてやろう、と言う魂胆である場合が多い。今までのところ178パーセントがそうだったし、今回もそうだろう。
「長門よ、受けなかったジョークを説明させることがどれだけ屈辱的かわかるか?」
と少し強い口調で言ってみた。長門は目を左右に7メートルほど泳がせながら下手な口笛を吹いてごまかそうとした。お前口笛下手だな。
「ところでわたしはあんまんが食べたい」
長門無理矢理な話題の転換に、俺はずっこけかけたがギリギリ3メートルほど上体そらすだけにとどめた。長門は追い詰められると意外と弱いのである。
「わたしはあんまんが食べたい」
もちろんあんまんなど持ち歩いているはずもない、かと言ってここからコンビニまで買いに行こうとすると、最寄りのコンビニまでの距離は98キロあるので随分と時間を浪費してしまうことになる。長門さんや、どうにか我慢していただくことはできませんかね。
「あんまん」
俺は頑として言うことを聞かない長門の口に電話帳を詰め込むと長門はそれを咀嚼し、満足した様に小さなゲップをした。若い女の子が、はしたないなどと思うが、ハルヒよりマシか、と何の益もない比較をして、何だかツボに入ってしまい、吹き出してしまった。
長門は自分が笑われたものだと勘違いして、どうやらお怒りの様である。
朝倉と戦っていた時に朝倉が飛ばしていた、黒い槍みたいなやつを俺に向かって時速365キロメートルでビュンビュン飛ばしてくるので、必死に避けていると、ふと長門が、
「秒速5センチメートル…」
と呟いた。
「何だそれは」

「カタツムリの移動する速度の約10倍の速度
そうか。
「雲の向こうの天の川銀河は約秒速600キロメートルで運動している
お、何だ、ちょっと宇宙人っぽいぞ、長門。
「君の名は?」
「それは言えない、お約束だ」

こうして俺の腹部を、15年前俺をかばってくれた長門の再現よろしく、黒い槍みたいなやつが貫くことになるのだが、それにしても俺は一体なんという名前なんだ、お前は?お前の名前はなんなんだ?お前は誰なんだ?俺は一体誰なんだ?俺は…誰だ?

「2001年宇宙の長門有希」完



あなたの人生の長門有希

「紅白初出場!少年隊!『仮面ライダー』です!」
−加山雄三「第37回紅白歌合戦」


図書館に行きたい、と言われたので、俺はたまの休日をこんな真面目な場所で消化している訳である。長門は俺の隣で黙々と電話帳を読んでいる。なあ長門、それ面白いのか?
「まずまず」
どうやら長門は俺の心の声を読んで返事をしたらしい、こうなってくると俄然やる気を出して心の声を大にして長門とコミュニケーションをとってみたい、という願望が湧き上がってきた。えーと、なんにするかな、いいお天気ですね、なんてのはどうだ。
「今日は曇りでこれから台風の上陸で荒れることが予想される、おそらく閉館時刻になる頃には、あなたが家に帰れないほどの豪雨になることが予想される」
そういえば今日は随分とどんよりした雲模様だったことを思い出す。
「そして私は閉館時間まで梃子でもここを動くつもりがない」
しばらく長門が何を言っているか理解できずにいたが、それは長門が、俺がびしょ濡れになって家に帰れなくなろうが、本を読み続ける、という宣言であることに気づいた。俺の存在価値は今読んでいる電話帳以下なのか、長門よ。
「問題ない、あなたは私の家に来て一晩泊まっていけばいい」
藪から棒の発言に俺は正直驚いてしまったのである、俺が驚いたということは、この地の文で長門に知れてしまっている訳で、これは大変恥ずかしい。なにより長門年頃の女の子が男を家に泊めるなんてことをしてはいかんぞ、そういうのは好き合ってる相手を見つけてしかるべき段階を踏んでからだな…最も過去に俺は3年ほどお前の家で寝たきりになってたことがあるが、あれは朝比奈さんも居たしノーカウントだ!
「問題ない、あなたはおよそ3時間42分後に私の家でシャワーを浴びている」
一体3時間42分後の俺に何が起こったというんだ。
「それに4時間16分後には家に谷口の家に泊まる、という連絡を入れるし、4時間57分後には私と一緒にレトルトカレーを食べている」
なぜそこで嘘をつく必要があるんだ、いや、あるか、さすがにおふくろに女の子の家に泊まるとは言えないしな。
「それに8時間23分後には一緒の布団で寝る。」
やれやれ、あの高名な長門大明神様が言うからには今長門が言ったことは、全部実現しちまうんだろうな。
「それに私はあなたのことを『本文が始まってから句読点、鉤括弧も含めて190文字目』と
『本文が始まってから句読点、鉤括弧も含めて1077文字目』している。だから問題ない。」
地の文がわからない俺にはそんなことを言われてもちんぷんかんぷんだがな。そう地の文で思うと、長門は少し頬を赤らめてそっぽを向いてしまった。
しかし長門は随分未来のことを知っているな、どれくらいさきのことまでわかるんだ?
「あなたは今からおよそ18250日後に死ぬ
そうか、それは教えてくれなくてもいいぞ、長門。

「あなたの人生の長門有希」完


ヒッチハイカーズ・ガイド・トゥ・長門有希

涼宮ハルヒという女は、なんと言っても不思議な女である。やれ「士農工商って、お金を持ってる商人がそんなに身分が低いわけがないじゃない」などと言いだして歴史を改変し、教科書を書き換えさせたり、「鎌倉幕府がいい国って、じゃあ他の国はどうなんのよ!」とヒステリーを起こしてまた教科書を書き換えさせたり、宇宙旅行をするためには現状のニュートン物理学に支配された世界だけでは不十分であることを知り、アインシュタインに相対性理論を発見させたりした。近い将来、相対性理論では光速を超えることができないという事実に不満を持ち、また教科書は書き換えられることになるだろう。

このようなことができるのも、やはりあいつが『願望実現能力』というとんでもない能力を持っているからで、なんでも願望で済まされるなら、今ここで生きている俺の意思というのは本当に存在するのだろうか、などと疑いたくもなるが、その件については考え始めるとキリがないので、この辺りで思考を置くことにする。そういえば先日久しぶりに出会った佐々木のことを、俺はどうやら高校に入学以来すっかり忘れていたようだが、これは果たして本当にそんなことが起こりうるのだろうか。古泉は世界5分前仮説などというたわけたことを言っていたが、なんだか俺もその辺りを信じてみてもいい気がする。
何は無くとも、俺たちの世界では東西冷戦は未だに続いているし、ベトナムではアメリカが勝ったし、キューバ危機でアメリカ全土の7割と、ソビエト全土の6割が消失している、というのは動かしがたい事実である。
「ちょっとキョン聞いてるの!?」
ハルヒが大きな声で俺を呼んだ。
「いや、すまん聞いてなかった」
渋々俺は謝る、なぜなら謝らずにその場で爆発四散した人間を俺は何人も見てきたからである。
「明日の不思議探索は、エアコンの室外機を見に行くわよ!」

「ヒッチハイカーズ・ガイド・トゥ・長門有希」完

2016年10月20日木曜日

プレデターVS長門有希

マッドマックスという映画をご覧になったことがあるだろうか、最近「怒りのデスロード」という続編が公開されたアレである。劇場で「怒りのデスロード」を見た俺は、興奮冷めやらぬままに、前作に当たる作品のDVDをすべてレンタルして来て、見たのである。
そして1を見たときに、俺は思わずこう言ってしまった「世界観全然違うじゃねーか!」

長門有希はご存知の通り宇宙人であるが、実のところトンデモ超能力以外にこいつの宇宙人らしいところを見たことがない。粉になって消えたり、粉にして消したり、というところは見たことがあるが、そこだけ見るとやはりこいつは宇宙人というよりも超能力者と呼称した方が良いのではないか、とさえ思う。もっと言うと、長門は未来も知っているのでなんだかんだで『禁則事項』の多い朝比奈さんよりも未来を見据えて行動しているようにも思う。つまり、超能力者も、未来人もなんとなく宇宙人の下位互換のように感じられてしまうのだ。それはそうと、俺はまたぞろ授業を終えて惰性で部室へ向かう途中であった。冬に差し掛かりつつある外の情景は、なんだか肌寒そうで、このまま帰ると言う選択肢を選択できなかった結果とも言えるだろう。早く部室に行ってストーブで暖をとりたい、などと思ったが、よく考えたらSOS団御用達のストーブは二ヶ月ほど前にハルヒの提案したストーブはガソリンでも動くのか、と言う実験の元に爆発四散してしまったことを思い出し、なんだか部室に行ってもよくないことが起きるのではないかと、そんなちょっとした予感に足取りを重くしながらも部室への道をトボトボと歩いていた。そういえばあの日からハルヒを見ていないが、どうしたことだろう。

部室の扉をノックして開けると、そこには相変わらず長門が窓際で本を読み、古泉が俺が来ることを察知していたのか、将棋の盤を用意し、朝比奈さんは最近凝り出したハーブティーを吟味して入れたお茶にシナモンを振りかけていた。二ヶ月前の爆発事件により、窓ガラスをダンボールで代用し、ところどころ黒焦げになった備品が転がっていることを除けば、いつも通りの部室であった。どうやら俺の心配は杞憂だったらしい。古泉はにっこりといつもの微笑みを浮かべると、
「一局どうですか」
と俺に問いかけてきた。
「お前は王手になると王将を盤外に逃がすからやらん」

古泉の命と俺のお気に入りのシャーペンをかけたオセロは白熱の一途を辿っていた。古泉が紫とグレーの駒を使い始めたあたりで戦略性が4倍にも5倍にも増したからである。
朝比奈さんは、三ヶ月前の事件でブラジルから自分の足一つで帰ってきた経験を生かしてサバイバル生活術の本を執筆している。長門は『涼宮ハルヒの消失で英文法が面白いほど身につく本』と言う本を読んでいる。
「長門、その本は面白いのか?」
駒を打つ手を止めて長門に問いかけて見た。
「普通…」
長門はいつもの調子で答えた。おそらく本当に普通なのだろう。
目を離している隙に、盤面は四色の駒がうずたかく積み上がり、三次元的な戦略性も内包した高度な頭脳戦と化していた。
「じゃあ、4-3-9紫だ」
俺は平気な顔で紫の駒を8枚積み上げられた駒の上に乗せた。
「おやおや…これはこれは…」
古泉の顔に若干だが焦りの色が見える。それはそうだ、この手が決まったことで73手先でのチェックメイトが確定したからだ。
「…ところで古泉喉が乾かないか?」
古泉はひたいから伝う汗を袖で拭った。
「そうですね、僕が買ってきましょう」
そう言うと古泉は部室から出て行った。俺はこの隙に5-1-4の黒を白にすり替え、うずたかく積み上がった駒の上に絶妙のバランスでドラえもんドンジャラを乗せた。
コーラと午後の紅茶を買って戻ってきた古泉は、この盤面を見て愕然としていた。
「4-0-8、5-2-6のドラえもんドンジャラで今回は引き分けだな」
古泉は俺にコーラを投げて渡すと、「んっふ」とも聞き取れるような笑い声をあげた。
コーラを投げるな。
案の定フタを開けると同時に吹き出してしまったコーラでびしょ濡れになる俺を見て、古泉も、長門も、朝比奈さんもクスクスと笑いをこらえていた。
それから俺と古泉はドンジャラを用意し、改めて今度は森さんの命と、俺のお気に入りのシャーペンをかけたドラえもん-サクラ大戦4モノポリードンジャラを始めたのだった。

ところでここから20キロメートル離れた病院で、今まさにハルヒの心電図が緩やかに静寂へ向かっていると言うことを俺たちは知らなかった。そう、知らなかったのだ。

「プレデターVS長門有希」完




月は無慈悲な夜の長門有希

長門はかつて過去現在未来全て自分と同期していたという、それはつまり自分がこれからなにをするのか、周りの人間がなにをするかということがわかっていたことになる。そういえばかつて、長門が読んだという「タイタンの妖女」という小説の話を聞いたことがある。その小説に出てくる変なじいさんは時空の狭間だがなんだかに飲み込まれ、過去現在未来全てに偏在する神のような存在になってしまったのだという。しかし、人々の運命というのは複雑に絡み合った糸のようなもので元々1人の人間だったそのじいさんがなにをしようと変えられるようなものではないらしい。長門の話の中で最も印象的だったのは、『ジェットコースターに乗っている人間がジェットコースターの終着点を知っていたとして、なにができるだろうか』というような言葉だった。わざわざそんな話を俺に聞かせたということは、長門なりのメッセージだったのではないか、と、今となっては思うのだ。あの冬の事件以来、長門は未来の自分と同期することはやめているというが、それは記憶という形で、やはり長門の中に残っているのではないだろうか。と言う訳で、俺は少し長門に対して小さないたずらをしてみようと思い立った訳である。

部室に入るといつものごとく長門が1人で本を読んでいた。これはもちろん俺の段取りで、ハルヒはカエルは睨み続けると油を体から分泌しその油は全ての傷を治す万能薬になる
という話を聞かせたところ意気揚々とリストカットした手首から血を垂れ流しながらカエルとにらめっこを続けているし、朝比奈さんは俺の掘った18メートルの落とし穴にはまっているので、とても部室に来られる状況ではあるまい、古泉はつまらないギャグを言ったので16トンの重りで潰した。
かくして本来ならあり得なかった、長門が1人で部室で本を読んでいる、という状況を作り上げた訳である。
長門はしばらく俺の方を見てから、また本に目を落とした。普通の人が見たらいつも通りの長門である、と判断するだろうが、もはや熟練の域に達した長門マイスターである俺は長門のわずかな変化、目を若干泳がせ、額にやや汗をかいているという状況を見逃さなかった。
俺は長門の方に歩を進め、屈みこんで長門の顔を覗き込んでみた。
「…なに?」
俺はここでなにも言葉を発しないことを選んだ、沈黙は金と言うしな。そうして沈黙が短く見積もっても5分ほど経った頃、長門の動揺は明らかに見て取れるくらいに拡大したように見えた。
「…」
とはいえ長門は目をちらほら逸らすくらいのものでそこまで大きな動揺を見せているとは言い難いものだった。俺は長門から離れると、いつもの定位置に座り、オセロのボードを取り出した。
長門が不安そうにじっとこっちを見ているが俺はそんな目線を気にしていないかのようにオセロの駒を縦に積み上げ、白黒白黒と七回続いた後に黒白と逆さまの駒を挟んで見たり、積み上がったオセロの駒の4段目を崩さないように引き抜いてみたり(これはどう考えても失敗で、縦一列に積み上がったオセロの駒は普通に崩れてしまった)、その反省を生かして今度は交差する形でオセロの駒を積み上げてまた崩してみたり、オセロの白黒をモールス信号に見立て、SOSのサインを盤面に並べてみたりした。突然意味のわからない行動を無言で始めた俺に、長門は相当当惑したのか、ソワソワとこちらを確認するような仕草を繰り返している。額には大玉の汗を滲ませ、目はどこか虚ろになっている。
「…それ」
長門はついに立ち上がり、オセロの盤面を指差して発言した。俺は断固答えず。オセロの駒で築かれたオセロ王国を作ることに夢中になっている振りを続けた。長門がこちらに興味を持ったことを確認し、俺はオセロの駒に将棋の駒を混ぜて、将棋オセロなる自分が今考案した遊びを始めた。
「あなたはなにをしている?」
長門は頑として自分を無視する俺に対して不満と不安をないまぜにした表情で俺に問いかけるが、俺は、まさかここでオセロの白に銀将が挟まれて成ってしまうとは…などと別のことを考える事に徹していた。盤面は黒優勢、王手2手前、白チェックメイトで、相当煮詰まってきている。
盤面の煮詰まり具合と同時に、長門が先を予測できない不安でストレスを溜めていることを察する。
「あなたはなにをしている?」
長門が同じことを2度言った。これは相当なストレスを感じている証左だろう。俺はなおも無視を続け、盤面を進める事に徹した。将棋の駒はルール通りにしか動けないのに、オセロの駒は盤面のどこにでも置けるので、どう考えても将棋が不利だな、などと言うことを考えていた。
「きいてほしい」
長門が業を煮やしてか、やや顔を赤くして強い調子で俺の肩に手を置いて言った。
俺は黒に王将の右隣を取られて汲々としておりそれどころではなかった。そもそもオセロ側はどうやったら負けなんだ?などと益もない事を延々と考えていると長門はオセロの盤に手をかけてそれをひっくり返した。これは俺も見たことのない長門一面であった。俺は面食らった。
「現在の事象に予測不可能な異変が生じている、あなたの行動も不可解、これはエラー?」
俺は長門の方をじっと見ながらおもむろに立ち上がった。さも、もう少しで決着を見ようとしていた将棋オセロの盤面をひっくり返されたことで怒っているような表情で長門にゆっくりと詰め寄っていく。
「…????????」
長門は少し怯えるような表情を見せると後ずさりしながら口を開いた。
「…盤面をひっくり返したことは謝る、謝るから話を聞いてほしい」
俺は無言のまま長門に一歩また一歩と詰め寄っていく。
「ままま、まつがよい、まつがよい…さっきのことに関しては私が全面的に悪い、でも今はそれどころではない、聞いてほしい、未来が予測される状況と大きく異なっている…早く修正しないと大変なことになる…」
口元もおぼつかない長門は、目に見えるほど汗をだくだくと流し、目は今にもバタフライで世界記録を叩き出すのではないかと言うほどに泳いでいる。体はガタガタと震えている。なんだか俺は長門が可哀想になってしまったので、この辺りでこのいたずらを終わらせることにした。
「冗談だ」
「まつがよい、まつが…」
長門は俺がなんと言ったのかを理解したのか、ゆっくりと平静を取り戻していくと
「全て予測された事象、あなたの冗談だと言うことも実は最初からわかっていた」
と言った。
それから俺たちはもう暗くなりかけた空を見て、ゆっくりと帰り支度をし、部室を後にした。帰り道で朝比奈さんを掘り出しに寄ったが、この時は長門の宇宙人パワーが大活躍だった。地球の反対側のブラジルから朝比奈さんが生還したと言うニュースを聞いた時は俺もたいそう驚いたものだ。ハルヒの姿はその日から見ていない。ただ、ハルヒの机の上に置かれた花瓶と、その花瓶から伸びる、俺が名前を知らない綺麗な花が、風に吹かれて揺れていた情景だけを確かに覚えている。

「月は無慈悲な夜の長門有希」完

ジョン・レノン対長門有希

「お、長門だけか」
部室のドアを開けるとそこには窓辺で本を読む長門がいるばかりであった。
「そう」
長門はわずかに頷くような仕草とともに、そう答える。このわずかな角度の変化を感知できるのは、世界広しといえど俺くらいのものだろう。ふと、長門読んでいる本が気にかかった。
「なにを読んでるんだ?」
長門はわずかに首をかしげるような仕草をする。このわずかな角度の変化を感知できるのも、やはり世界広しといえど、俺くらいのものだろう。少なくとも陸上では俺だけだという自負がある。俺が潜水できる海の深さより先の深海にいるかどうかは、確認できないので考えないこととする。
暫くして長門は俺の言ったことを理解したように、本の背をこちら側に向けて示した。長門はめちゃくちゃ頭もいいし回転も速いはずなのに、基本的に普段の挙動がスローなんだよな、などと関係ないことを考えながらもその本のタイトルに目を走らせる。
そこには『ジョン・レノン対火星人』というタイトルと、うまいんだかへたなんだかよくわからない絵が載っていた。
「高橋源一郎という人の小説…」
長門は−30dbで小さく付け加えた。
「面白いのか?」
長門は0.7mmほど顎を引いて困ったようにコンマ数ピコメートル眉をあげたかと思うと、2mmほど口を開いて「面白い」、と答えた。この仕草の示すサインはこれから小一時間怒涛のオタク語りが始まるがそれを聞きたいのか聞きたくないのか?という確認の意味を含んだジェスチャーである。
「2分37秒41ほどで簡潔に頼む」
と俺が言うと、長門は
「3分5秒61より簡潔に話すと意思疎通に齟齬が発生すると思われる」と答えた。
「2分47秒29くらいでなんとかならんか」
と俺は粘ってみる。
「高橋源一郎の他の作品を読んだことは?」
「存在すら知らん」
長門は眉根を2ミリほど寄せ、やや困ったような表情を作る。眉根が2ミリは『やれやれ、あなたの無知無教養ぶりにはうんざりする、幼稚園からやり直して欲しい』という主張を婉曲に俺に伝えようとする時に決まって長門が発するサインである。実のところ俺はかなり頻繁に長門にこれをやられる。
「間でまったく息継ぎをしなければ2分56秒57までは短縮できるがそれ以上は発話に齟齬が発生することになる」
長門の瞳が28μmほど揺らぐ、これはまだ押しても大丈夫なとき、申告した情報に余裕をもたせているときの長門の癖のようなものである。
「2分52秒20ならどうだ…?」
「2分53秒81」
「よし」
この辺が限界だろうと見切りをつけ、俺はポケットからストップウォッチを取り出し、カウントの準備をして長門にゴーサインを出す。
「ジョンレノン対火星人というのは作中冒頭に出てくる刑務所の野球チームの三塁コーチャーが出す『左のきんたまを2度、右のきんたまを一度握る』というサインの発する指示に由来するその三塁コーチャーが自殺してしまったためその『ジョンレノン対火星人』というサインが意味するものはわからないままだったがその辺はとりあえず置いておいて物語は基本的にポルノグラフィ作家の主人公「わたし」同棲相手のパパゲーノ友人のヘーゲルの大倫理学ホステスのテータムオニールそしてきちがいの素晴らしい日本の戦争の5人を中心に物語が進んでいく様々な死体を幻視するきのちがってしまった素晴らしい日本の戦争を治療するためにセックスさせたり試行錯誤をするが、最終的に素晴らしい日本の戦争はきちがいのふりをしていただけだったことがわかるそれでも彼はきがちがっていないだけで様々な手法で殺された惨殺死体を幻視し続けてしまうということは自体は事実だったので結局耐えられずに死んでしまうそして素晴らしい日本の戦争を治療しようとしていた「わたし」たちは街をゆく人々をみな死体として幻視することになるこの作品の何が面白いのかというと作品自体に使われているあまりにも日常的な文体で理路整然とした文章という形態であまりにも異常な情景が描かれ続けることで私たちの日常が本当に正常であると言い切れるのだろうかという猜疑心を芽生えさせるところにあるひょっとしたら私たちの日常は非日常なのではないかそもそも日常などというものが存在するのかそれはそうとこの本を読んでいたということはこの小説はまだ読み終わってない状態であるということで読み終わってない小説をなぜわたしがここまで克明にオチまで説明できるのかということは深く触れないで欲しい」
2分53秒81
ぴったりである。さすがは長門だ。長門は目を150nmほど細め、眼球表面の水分量を0.7dℓほど貯めてこちらを見た。これは俺に反応を求める時のサインだ。
俺は眉を2度2ミリほど上下させ長門をじっと見つめる。これは『なるほど、さっぱりわからん』のサインである。
長門は目により多くの水分を貯めた(およそ7décilitreほど)、どうやら先ほどの俺のサインが3μsほど動作が遅れて『おまえの話は全然わからんし熱心に話してるその姿がキモい、死ね』のサインになってしまったようだ。目から涙をボロボロとこぼす長門は俺に背を向けると窓を開けて飛び降りようとする。
「おい、なにやってるんだ長門!ここは一階だぞ!」
なんとか組みついて静止させることに成功したが長門の内包するパワーは2000万馬力はゆうに超え、瞬発的(秒数にして30μsほど)に腕から発せられる力は80億kgfにも達する。
俺は四肢から血を1700mlほど吹き出し内臓は八割ほどやられてしまった。治療費に換算すれば200万はくだるまい。(昭和40年の200万は現在の2000万)
「…情報の伝達に齟齬が発生したかもしれない」
長門はそういうと少し落ち着いた様子を取り戻し、左のきんたまを2度、右のきんたまを1度握った。
これは『ジョン・レノン対火星人』のサインだ。
「…待て、長門。おまえにはきんたまはないはずだよな?」

ー「ジョン・レノン対長門有希」完